趣味で地理・地学

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高校「地学」普及の難しさ

 どうもこんにちは,syumichiriです。前回の記事更新から1年以上経ってしまいました。自叙伝()を書くのに疲れ,新ネタも越冬前のリスがどんぐりを埋めるがごとく貯蔵していたら結局忘れて放置みたいな状況でした。(どんぐりは放置されて芽吹くけど私の記事は放置しても芽吹かないのでNG)

 さて,本業のほうであれこれ忙しくしていた故のブログ放置だったわけですが,その1年間で,地理や地学の置かれた状況について考えることがあったので,ちょっと簡単に触れてみようと思います。今回は高校「地学」普及の難しさについて。

 地学というと,マイナー科目のイメージが強く,履修環境も限られる(多くの高校で開講されておらず,開講されていたとしても国立文系志望の共通テスト受験生向けの「地学基礎」のみ)という印象があります。それらを実際に調べた先生方もいらっしゃって(下記リンク),全国の高校の約8割を対象としたホームページ調査とアンケート調査からは,「地学基礎」で開設率43.7%,「地学」になると開設率8.8%となるようです。

www.jstage.jst.go.jp

 

やっぱり低い「地学」の開講率…

 低いですよね。そりゃマイナー科目です。ただ,大学受験業界にいる私からすると,「地学」が8.8%というのは,それはそれでかなり健闘しているのでは?とさえ思えてきます。だって,(基礎2単位ならまだしも)基礎でない4単位の理科科目を開講するのは,結局その科目を使って大学受験をするであろう生徒を対象とするからであって,そもそも理系学部の入試科目として「地学」が多くの大学で設定されていない現状を踏まえると,よくそんなにいるもんだな…(本当にそんなにいるのか?)と思うものです。

 私自身も,高校時代は今でいう「地学基礎」を履修していて(厳密には地学科教諭の意向と単位数の兼ね合いで,当時の「理科総合B」2単位の枠を地学用に全振りして学年全員が必修というかたちだった),そこで物理や化学をちょいちょい用いながら現象を解明する地学に惹かれ,地学大好きboyになっていたので,理系3年次に履修するのは「地学」と「化学」がいいな〜,と思っていたわけです。(なぜ「物理・地学」とか「生物・地学」じゃないんだ?という疑問が生じると思いますが,大前提として私は小学生の頃から化学大好きboyだったので化学を切るという発想がありませんでした)

 しかし,当時のセンター試験は理科の試験時間が「化学」と「地学」が同時に設定されていて,仮に国公立大学の二次試験でそれらを使うとしても一次試験で併用がアウトだったので,“泣く泣く”「物理」と「化学」にしたのです。私の前後の世代の学生の中には,同じような経験をした方も(ごく少数でしょうが)いるかもしれませんね。

 そんな,地学大好きboyで,地球科学系の大学を受験した私でさえ「地学」履修を断念するくらいですから,(もちろん新課程になってから「化学・地学」も事実上は可能になっていて選択肢は増えているとはいえ),門戸が開かれているとは言い難い状況です。

 

「地学」もう少し普及すべきでは?

 ただ,小学生並みの感想として,「自然災害や環境変動が顕在化する現代において,地学の素養は必要不可欠では???」と思うので,やはりある程度は普及した方が好ましいよな,という意識があります。そして,そんな意識でネット上を散策していると,やはり同じことを考えている方がいらっしゃいました。そういう問題意識の方は少なくないようです。

spreading-earth-science.com

 上記リンクでは,地学の教員不足や,履修シラバスの枠組み,あるいは地学を学ぶモチベーションとしてのノーベル地学賞の欠落などを要因として,普及の障壁が存在することが説明されています。確かに地学の専任教諭は私の知る限りでも少なく,そういう意味で私の母校は恵まれていた(そういえば県のSSH(スーパー・サイエンス・ハイスクール)に指定されていたなあ…)のです。母校は,当時も今も,文理選択は3年次進級の際になされるので,文系でも理系でも理科4科目を全て履修することになっています。(もとい,理系でも,日本史,世界史,地理,倫理,政治経済を全て履修することになっていて,受験効率厨にとってはウザかったでしょうが,私としてはとても楽しかった記憶があります)

 一般的な高校はそういった環境にないので,地学に興味を持つきっかけが限定的であるとともに,学びたいと思ってもなかなか機会に恵まれることはないのです。したがって,確かに上記リンク先で解説されているように,それらの状況の改善は望まれるところでしょう。とはいえ,仮に地学の教諭が増え,シラバス枠組みが変わったとして,本当に地学の履修者は増える,すなわち“地学は普及する”でしょうか?

 私は,まだ難しいと思います。私の考える理由は大きく2つ,①日本の産業構造 ②地学研究の土台としての物理・化学の重要性 です。

 

普及の障壁①:日本の産業構造

 先述のように,高校での開講状況はさることながら,なにしろ「地学」で受験できる大学・学部がかなり限られているわけです。ゆえに,受験で使えなければ(例えそれに興味があったとしても)高校で履修するのは後回しになってしまうでしょう。高校3年間をただ単に趣味や教養の深化に費やすのは,流石に現実的ではない(もちろん,高校で学んだことが後の趣味や教養に資するというのはいうまでもないことで,たいへん価値がありますが,少なくとも趣味や教養が履修科目選択の主目的になることは往々にしてありえない)ので,そうすると必然的に「地学」を選択する生徒は少なくなります。選択者が少なければ,現場でも必要とされていないという既成事実ができあがり,専門の教員も少なくなっていくことも納得できます。

 そうすると,今度は受験科目として「地学」を設定する大学が僅少なのか?という疑問が生じます。なぜ「物理」と「化学」を設定する大学・学部が多く,次点で「生物」があり,「地学」は少ないのか。それは,日本の大学教育の位置付けや,その背後の産業構造に関連があると思われます。

 詳しい議論については,日本の高等教育について論じられたもの(吉見(2011)など多数)に譲りますが,日本の現代における大学教育は就職予備校としての性格を有しており,将来の仕事のために,それに繋がることを学べる学部・学科にいくという慣習があります。日本では,高度経済成長期から製造業がさかんで,重心は少しずつ変わってきたとはいえ,現在でも工学系の学部は(理学系に比べて)定員も多いし充実しています。また,理学系の学部の中でも,物理系や化学系は卒業後の企業での研究開発に繋がりやすい(かつ一般人にも“わかりやすく”関連している)こともあり,多くの私立大学でも設置されています。やや語弊があるかもしれませんが,いわば“儲けに繋がりやすい”のです。(大学の研究室が特定の企業と共同研究・共同開発をしている,といったケースも多い)

www.iwanami.co.jp

 他方,地学はそういったことが極めて少ないのです。いや,実際は地球科学系学部の出身者が重宝される業種・業界は少なくなく,特に自然災害が顕在化する昨今においては注目度が増しています。ただ,それがフィーチャーされにくいし,言ってしまえば大元をたどると税金で仕事をもらっているみたいな公益性の高い仕事だったりするので,営利的な企業活動に直結しにくい(儲けにも繋がりにくい)のです。そういうのも相俟って,「環境コンサルって何?」みたいな状況が世間一般に広がっているんだと思います。(実際,私も大学2年くらいまではそのレベルでした。でもその知名度の低さとある程度の専門性から,逆にそういった業界では“売り手市場”で,サッと就職を決めていく同期や先輩後輩が多かった…というのも事実)

 地学が企業の営利活動に直結しにくいことが,大学の地球科学を学べる学部学科の設置数の少ない状況を生じ,ゆえに「地学」を入試科目に据えても事実上メリット皆無なので入試科目に「地学」が設定されず,入試での汎用性が低いから高校で「地学」を履修する生徒が少なく,必然的に開講も少ない(ここから先は“卵が先か鶏が先か”の無限ループが続く)…という一つの因果関係が想定されました。

 もちろん,上述で“営利活動に直結しにくい”としましたが,最近ではウェザーニュース社がその部分に切り込んで行って,気象予報を経済活動に役立てることを全面に押し出してB to Bのサービスをやってたりするので,今後状況が好転していく兆しを見せています。(ただ,あくまで一例といった印象…)

 なお,日本のこういう状況が(世界的にみて)どの程度特異的であるのか,ないしは地学が普及しうるような産業構造とはなんたるかについては,今後調べ甲斐がありそうですので,素人レベルですが追って記事にしてみたいと思っています。モデルケースとなるような海外の国は存在するのでしょうか?

 

普及の障壁②:地学研究の土台としての物理・化学の重要性

 さて,私が考えるもう一つの障壁は,大学で地学を学びたい人ほど高校で地学が学べない(学ぶべきでない?)かもしれないというパラドックスのようなお話です。

 地学(地球科学)といっても,中身は多くの分野があります。宇宙・惑星科学,岩石学,鉱物学,地質学,地震学,気象学,海洋学,地球環境学,(これらに加えて地形学や水文学などが入ることもありますが,地理学に分類されることも多い)など,多様です。この中で,たとえば宇宙・惑星科学や,地震学,気象学では,高度に物理や数学を用いて現象を解明するなどの手法を取ることが多く,そもそも高校レベルの物理や数学は一通り運用できるようでないと,普通につまずいてしまうことが多いようです。下記リンク先で,現場の大学教員の声として挙げられています。

researchmap.jp

 私自身も,高校3年次に「物理」を履修していたものの,結局受験ではセンター試験でしか使わず,まさに“片手落ち”状態でした。それゆえ,確かに物理や数学に対しては一定のディスアドバンテージの意識が拭えず,地震学や気象学の分野に進んだ同期や先輩後輩がそれらを自在に使いこなしている様子を見ると,この人たちには敵わないな…と納得していました。もちろん,大学に入ってから1・2年次の間に意識的に自主的にそれらを学ぶことで,高校時代のハンデを取り返すこともできるでしょう。しかし,こういった地震や気象というのは比較的人気の分野で,学生が集まりやすく,研究室の定員の都合で結局優秀な学生から埋まっていくので,その意味において高校時代に物理や数学を完璧にしておくというのはやはり重要なことなのだと思われます。

 また,これと同様に,鉱物学や岩石学だと高校レベルの化学がわかっている必要があるなど,いわば入ってみないとわからない難しさがあります。そうした状況をわかったうえで生徒を教えている高校理科教諭がいて,生徒が「大学で地球科学を学びたい!だから高校のうちから地学を学んでおきたい!」と懇願してきたとしたら,おそらく心の中で惜しみながらも「物理」と「化学」の選択を薦めることでしょう。高校「地学」はいわばオムニバスであって,それぞれの入門編を理解していたとしても,その先を深めるために必要な道具が「地学」の中では提供されないわけですから。(たとえばコリオリの力なんかは,円運動の話の一切をすっぽかして「F = mωvsinθ と表される」みたいな記載にとどまるなど)

 そう,「大学で地学を存分に学び,研究したい!」という人ほど,高校では「物理」や「化学」を学んでおく必要があるのです。なんだかまるで「愛しているが故に近づけない」みたいな切ないラブ・ストーリーのようですね。(は?)

 この点に関しては,たとえば理数科の設置がある高校などでは,2年次に物理と化学を履修した上で,3年次に「生物」or「地学」を選択させて,道具を存分に使いこなせる状況で地学を履修するなんていうモデルケースもアリな気がしてきます。そうすれば高校で「地学」を学べない状況は打開できます。

 とはいえ,実際のところは高校側も進学実績が大事だし,生徒側も受験で第一志望校合格が大事なので,3年次で地学なんかにうつつをぬかしている余裕があったら物理と化学をゴリゴリ究めて入試問題を解けるようになりなさいみたいなことになっちゃうんだろうと思います。私でも,物理ができたらフツーに物理で受験したい(危ない橋を渡りたくない)ですし。

 

高校「地学基礎」は,防災・SDGsに資する教養としての意義が大きいっぽい

 ここまで主に2点議論しましたが,結局,現行の枠組みでは「地学」が普及するのは難しいように思われます。ただ,上述でも何度か触れてきたように,地学を学ぶことで,これからの日本を生きていくうえで重要な知見が得られることは言うまでもありません。これは地理においても言えることですが,たとえば自治体の発行する災害ハザードマップを見たときに,単純にメッシュで色分けされたものを見て一元的に理解するよりも,地形や地質がなんとなく頭に入っていてそれが相対評価されていると強いわけです。ああここは上流でこのくらい雨が降るとこれくらい増水してまずいんだろうなとか,時間雨量と積算雨量が一定値を超えたらそりゃ土壌粒子にも浮力が働いてガサッといくよな…とか,そういうのが少しでも多くの人に共有されることが何より望ましいのだと思います。

 そう考えると,やはり高校「地学」の履修が普及しないのはもうある程度仕方のないことであって,むしろ今後重視すべきは「地学基礎」が広く浅く,多くの生徒に学ばれることの方なのであろうな,と思いました。そして,教科教育の垣根がある都合上たいへん難しいのですが,やはり用語暗記に終始することなく,なぜ?どのように?を意識して考えられるようなものになることを望んでいます。

 私は予備校の現場で,数学や化学の傍ら,僅かながら文系向けの「地学基礎」を教えていたりします。そこで普及に向けてできることは少ないのですが,ただせっかく受験で使おうとしてくれた生徒にとって,受験で点をとるプラスアルファの楽しさを伝えられたらいいな,とか思いながら仕事をしています。

 「趣味で地理・地学」と銘打ちながら,かなり真面目な話になってしまいました。まとまりませんが,今回はこれにて。記事を書いている最中に,今後また考えたいトピックが生まれてきたし,今後は月一くらいで更新できたらいいなという思いです。また今度,「地理」普及に関する議論もしたいと思っています。長々とお付き合いくださり,ありがとうございました。